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out of words

2009/05/06
[ Music ]

out of noise

 以前に、雑誌「ENGINE」に、坂本キョウジュの書き下ろしが連載されていることを紹介しましたが、

  
(画像は、新潮社さん)

 このほど、それらがまとめられて、一冊の本となって出版されました。タイトルは、「音楽は自由にする」。

  
(画像は、新潮社さん)

 本作に対する村上龍氏との対談もあります。20年以上も前、二人の鼎談集、「EV. Cafe ~超進化論~」を、本がボロボロになるまで読んだ少年(当時)しては、感慨深いものがあります。
(当時は難し過ぎて、ほとんど分かりませんでしたが、いま読み返すと、言葉の裏に潜んでいたものが、少しずつ見えてきたりします)

 その他、「ユリイカ」からも、臨時増刊が出ています。

  
(画像は、青土社さん)

 また、先日の日経新聞にも、インタビュー記事が載っていました。

坂本龍一 ソロアルバムで新境地開く ―ルールから自由、公式のない音楽―
(2009年5月2日:日本経済新聞(文化面))

 現代音楽、クラシック、テクノ、ポップス、民族音楽、映画音楽――。多彩なジャンルを取り入れ、音楽を頭脳的に構築してきた坂本龍一が、新作で新境地を見いだした。ルールを意識して頭でつくる音楽から離れ、たどり着いたのは「非西洋的な音楽」だという。

 5年ぶりのソロアルバム「out of noise」が話題だ。自身のピアノ演奏を基調に、北極圏で録音した氷河のきしむ音や犬の鳴き声といった自然音、古楽器のアンサンブル、電子音などを融合させている。音の動きを抑え、反復音を多用する現代音楽の一種「ミニマル・ミュージック」を思わせる。

 「今回は音楽を構成しようとは考えなかった。大きなキャンバスに絵を描いたようなもの。音楽と音の境目、楽音とノイズ(雑音)の境目のない音楽を作りたいと2年前くらい前から考えていた。今までのやり方は方眼紙の上に点を置いていって、どれだけきれいな曲線をつくるかという知的な作業。いわば頭でつくる音楽だったのが、そういうところから出て違う作り方ができるようになった」

 「いわゆるカギカッコ付きの『音楽』には公式ルールがあって、それに則っていけばできてしまう。ところが、そのルールから外れると『間違っている』と言われる。僕はそのルールを勉強してきてしまったので、今回ほど公式のない音楽は珍しいと思う」

 初めての本格的自伝『音楽は自由にする』(新潮社)も出した。幼稚園でピアノに触れ、小学校でベートーベンやバッハを学んだ。高校に入って米国の現代音楽の作曲家、ジョン・ケージに出会う。偶然性を取り入れ、それまで学んだヨーロッパ音楽の系譜から大きく逸脱した音楽に大きな興味を覚えたという。

 区切れ境目なく

 「ヨーロッパの伝統に則った現代音楽もある。ただ、やはりヨーロッパの方がルール付けしようという意思を強く感じる。一方、米国はケージの影響が大きく、ルールをなくしてしまおうという方向にある。十代のころに影響を受けた現代音楽的なものが、やっと少し自分のものになりつつある。そこまで来たかなと感じる」

 「西洋的な音楽とは始まりがあって、終わりがあること。その直線の中を黄金律のようにどう美しく区切るかを求めてきた。これに対し、非西洋的な音楽は閉じられていなくて、区切れない。境目がなく、どこまでも続いていく感じがある。そういう感覚の中に入ってきた」

 06年に、自ら音楽レーベル「commmons」を創設。新作も同レーベルから発売している。今年3,4月には、自身のコンサートの模様を24時間以内にネットで配信した。音楽ビジネス面の変化が、創作上の縛りを解き放ったという。

 「今まで僕は現代音楽ではなく、ポップスをやっているつもりだった。そのポップスでないといけないという縛りがなくなった。これまでに何度か米国のレコード会社と契約した。彼らは『タイトルを変えろ』『このプロデューサーを使え』など、こちらに細かく指示してきた。世界的に既成の音楽ビジネスが衰退する中で、そういう縛りは過去のものになるつつあるようだ」

 NY移住19年目

 「現代の音楽のあり方はせいぜいこの百年間の話。録音して大量複製するのが音楽ビジネスの基礎になってきたが、それは特殊なことだったのではないか。それ以前はすべてライブ、生演奏だった。

 「いまではインターネット上で無料で聴けて、ダウンロードできる音楽がたくさんある。音楽はタダという考えが広まる中で、人は音楽を作る情熱を持ち続けられるのかを考えている」

 米ニューヨークに移り住んで19年目。2001年には、米同時テロの惨劇にも直面した。

 「僕の音楽は米国よりも欧州の方がマーケットとしては大きい。自分でもなぜニューヨークに住んでいるのか分からず、今は『失われた19年』と言っている。しかし、欧州のどこかに住んでいたら、今回のような音楽は作れなかったかもしれない」

(さかもと・りゅういち) 音楽家。1952年東京都生まれ。3歳でピアノを始め、10歳で作曲を学ぶ。東京芸大大学院修了。78年にソロデビュー。同年、細野晴臣,高橋幸宏とテクノポップグループ「イエロー・マジック・オーケストラ」(YMO)を結成し、国際的な評価を得る。88年に映画「ラストエンペラー」の音楽で米アカデミー賞作品賞受賞。環境活動にも力を注ぎ、2007年森林保全活動に取り組む有限責任中間法人「more trees」を設立。

  
(画像は、commmonsさん)

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